◆誕生秘話ー1★オタクな幼少期

今日から私の「知られざる過去」についてお話ししてまいります。
よろしくお付き合いくださいませ。

 
こんにちは。好印象プロデューサーの原田眞里です。
まずは私の生い立ちからです。

私、生まれは東京です。
乃木坂にある乃木神社の隣で生まれ育ちました。今、乃木会館のある場所です。
そこで父方の祖父母と一緒に3歳まで暮らし、神戸へ引っ越し。
夙川のマリア幼稚園へ通いました。

一人っ子だったからでしょうか?
まぁ・・・とにかく神経質で人見知り。片時も母の側を離れませんでした。

 

幼稚園では毎日泣いてました。
友達が園のオモチャを壊しては泣く。
自分の靴箱に誰かが間違って靴を入れては泣く。
お絵かきを褒められては泣く。
美味しそうなお弁当ね、と言われては泣く。

何故、泣くのか・・・?自分でも分からないのです。
けして悲しいから「泣く」のではないのです。
言葉にならない、つたない自己表現だったのだろうと思います。

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そんなふうなので、誰かと一緒にオソトで遊ぶ?なんて、考えられませんでした!

私はオタクが大好き♪で、お絵かき、ぬり絵、紙の着せ替え人形遊びをしながら、
黙々と一人、空想の世界に遊んでいました。

 
話は飛びますが、実は母方の祖母が日系3世で、サンフランシスコに住んでいました。

その祖母から時々大きな段ボール箱が届くのです。
様々なものと一緒に、私用のお洋服が必ずありました。

 

印象深かったのはクリスマス用の真っ赤なドレス!
それと黒いプードルのアップリケの付いた薄いピンクのコート!
あまりの素敵さに幼稚園児に自分でも、すごく感動したのを覚えています。

 

その真っ赤なドレスを身に着けると
こんなにも気分がアガル!!

それを幼心に初めて体感した瞬間だったと思います。

 
私が小学~中学と進む間に、ファッション誌も良く送られてきました。
アメリカの香りのするツルツルのページをめくりながら、
海外のファッションに憧れを抱き始めたのは中学生の頃だったと思います。
そして高校に進学すると同時に、

私の将来の夢は決まっていました。

 

「ファッションデザイナーになる!」
そう決めたのです。

つづく・・・

 

 

 

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